裏の高速大量回転法

KTK法習得へのヒントや読書から得た体験を発信していきます

伝える内容は同じでも、学ぶ側の姿勢で受け取れるモノは変わります

高速大量回転法実践家のデビっちんです。

こんばんは。

少し前の宇都出さんのブログでコメント欄が盛り上がっているモノがあります。
それについて個人的に思うところを記載したいと思います。

2016年11月20日の社労士試験合格についてのコメントです。


語りの切り口としては、学ぶ側の姿勢についてです。

特にどの箇所とか、コメントしている人には言及しません。
ただ、こういう見方もできるのではないか?という選択肢の提案です。

今、こういう見方もできると記載しましたが、これがけっこう大事かと思います。

宇都出さんのセミナーで出会った人やブログのコメント欄を見ていて感じることが多いのは、○○しなければならないという人が多いという点です。


高速大量回転法をマスターするには、

音にしないで読まなければならない
理解しようとしないで読まなければならない
速く読まなければならない
たくさん回転しなければならない

というように、

○○しなければならない

というような表現を、宇都出先生は使ったことはほぼないと思いますよ。

間違っていることや感覚としてズレていることは指摘することはあったかと思います。
しかし、それは従来の報われない読み方に対する新たな選択肢の提案をしているのです。

・音にしようとしなくても意味をとらえられますよ
・理解できるかできないかはそのときの確率です
・ゆっくり読んでも、その割には覚えてないこと多いよね
・1回だけ読むのが本の扱い方じゃないよね


○○しなければならい
それができないから、高速大量回転法をマスターしたとは言えない。
という考えがある人は考えを改めた方がよろしいかと思います。

また、その内容は知っているといってそこに関心を示さない人も注意したほうがいいです。
学びの上級者が陥りやすい罠ですね。

えっ?ストックがあるから知ってる内容は飛ばしていいんでしょ?

これは違います。

知っている内容を聞いて、あるいは、読んで

こんなの知ってるっといって別のことに意識が向いた瞬間にそこで学びは止まってしまいます。

一方で、

ふむふむそれは知ってるけど、今回はさらに何がいいたいの?
という意識の人は学びが深まります。
高速大量回転法で言うところのセンス・オブ・ワンダーですね。


あ、念のためですが、そんなの知ってて当然という常識化とは違いますよ。

それに、何度も同じ説明がされるのは、それ以上の表現が現在のところもっとも自信を持って伝えられる内容とも言えると思います。
ただいい言葉が浮かばないから使いまわしているだけだろ?という捉え方もできますが、少なくとも過去の誰かには刺さった、あるいは、手応えを感じたからとも考えられます。

その方法が自分に合う合わないというのはもちろんありますが、2人以上の人が再現できていれば自分も再現できるはずだと僕は考えます。
合う合わないを言う前に、その情報に対して感度が開いているか、微細なところまで受け取れているか問をたててみても良いのではないでしょうか。


ちょっとクドクドとした表現が多かったかもしれませんが、学ぶ側の姿勢(態度)にも意識を向けてみてはいかがでしょうか?


それでは今回はこのへんで。

デビっちんでした♪